研究室の落ちこぼれだった私が何とか大学院の修士課程を卒業出来た思い出を語りたい

研究室の落ちこぼれだった私が何とか大学院の修士課程を卒業出来た思い出を語りたい研究室
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皆さんこんにちは!
ふくろう博士(college_blog01)と申します。

理系大学院生が避けては通れない試練の一つに修士論文があります。

カップルや家族連れがクリスマスや正月で浮足立つ12月から1月の間、修士論文発表を間近に控える理系大学院生は自身の卒業をかけて修士論文という強敵と戦います。

修士論文の提出や修論審査が行われる時期には

「修士論文のレベルが低すぎて卒業できるか不安」

「修士論文の内容がめちゃくちゃすぎて現実と向き合うことがつらい」

といった内容のツイートが毎年のように大量発生することでも有名ですね。私も修士論文の作成には非常に苦労したため、社会人となった今でも時々修論を提出できずに留年する夢を見ます。

私が一生懸命書いた修士論文は、研究室のボスから

「小学生の自由研究レベルの内容」

「僕は君をこの研究室の卒業生として認めない」


といったありがたいお言葉を修士論文審査会で賜りました。

このようにボロクソに叩かれまくった修士論文でしたが、何とか卒業までこぎつけることができ、現在は社会人として充実した日々を送っています。修士課程を卒業できるか不安という方は、是非私のような最底辺修士学生を希望として最後まで頑張って欲しいです!

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修士課程に進学した経緯

分かれ道1

私は筑波大学の生物資源学類(農学部っぽいところ)を卒業したのですが、8割近い学生は大学院へと進学していました。当時学部4年生だった私も、周囲の友人が修士課程に進学する予定という理由で何となく進学を決意したことを覚えています。

また、民間企業の研究職に就職するためには修士号の取得が必要である、といった思い込みも多少は影響していたのでしょう。

少なくとも「自分がこの専門分野の第一人者となって結果を残すんだ!」といった熱い思いや壮大な目標は一切なく、「就職活動時に修士卒であることが有利になればいいな」といった甘い認識で進学しました。

落ちこぼれた理由

鬱.jpeg

いくらやる気と学力がない大学院生といえど、最初のうちはやる気に満ち溢れた時期もありました。しかし、修士1年生の10月頃には学問に関する興味関心がこれっぽっちも湧かない状態に陥ってしまったのです。

今になって振り返ってみると、やる気がなくなった原因は次の3つ。

  1. 扱う研究テーマが難しすぎた
  2. 研究室の環境が大きく変化した
  3. 真面目に研究を行っても就活に関係しないと知った

理由についてひとつづづ解説したいと思います。

研究テーマが難しすぎた

農学部に所属していた私でしたが、理論要素が強めの農業土木分野研究室に所属しました。理論色の強い研究室を選んだ理由としては、物理、数学的な教養を身につけないと良い就職先を得られないと思ったためです。

大学院に進学したからには文系就職ではなく、大学院で学んだ内容を生かせそうな研究・開発職を希望していたことも大きかったですね。

研究室配属を考える際に、サークルの先輩が「バイオ関係の研究室から大手企業は本当に優秀な人間しか行けない」という情報を教えてもらい、元々行きたかったバイオ系の研究室を断念したという背景もあります。

このような経緯があって、元々進学するつもりがなかった農業土木の分野に身を投じました。

しかし、「何となく就職に有利になりそう」という理由で研究室を選んだ私にとって理論物理の内容はあまりにもシンドかった…

論文中に記載されている数式を理解しようと頑張るのですが、いくら時間をかけても分からないものは分かりません。学部4年生のうちは周囲の助けもあり何とか最低限の理解はできましたが、修士課程ではそうもいきません。

いくら努力しても成長しない自分に嫌気がさし、だんだんと努力することを諦めました。その結果、研究テーマに情熱を注げなかった私は修士1年生の段階で見事に落ちこぼれてしまったのです。

研究室の環境が変化した

私が研究室に配属された当初、留学生は一人だけで残りは日本人という比率でした。

しかし、修士1年生の段階で留学生数が急増し、留学生:日本人=2:1にまで変化しました。これにより研究室内の公用語が英語となり、日本語が第二言語になるという異常事態が発生。

望んでもいないのに毎日が留学状態です。自ら望んで英語主体の環境に身を投じるのはともかく、気がついたら留学生だらけというのは結構つらいものがあります。

また、学部4年生の段階でお世話になった修士・博士課程の先輩が就職・進学によりいなくなってしまいました。これらの理由で周囲の先輩に気軽に質問できなかったことが落ちこぼれた原因だと思います。

真面目に研究しても就活と関係ないと思った

研究室に配属された当初と比較すると大分やる気が無くなっていた私ですが、修士1年の8月に事件が起こります。

その名も研究室で優秀だった先輩が名も無き中小企業にしか就職出来なかった事件。その先輩は修士卒で就職活動を行っていましたが、

  • 国際学会での発表経験あり
  • ファーストオーサーで英語論文を投稿

と非常に優秀な研究成果を先輩でした。

しかし、就職活動は思うようにいかず、本人曰く不本意な就職先にしか内定を得られなかったそうです。一方で、研究成果はイマイチだけど世渡り上手なサークルの先輩は複数の大手企業から内定を得ていました。

その話を聞いたとき「大多数の企業は研究成果よりも、人柄や雰囲気で採用者を決めるんだなぁ」と感じました。

社会人となった今だからこそ分かるのですが、

企業としては「修士課程を卒業した学生のなかで印象がいい人材が欲しい」だけであって、「学生の研究成果からポテンシャルを判断する」訳ではないのです。

より良い就職先を求めて修士課程に進学した私にとって、真面目に研究を続ける理由がなくなった瞬間でした。

修士論文作成の軌跡

このように

  • 知識ゼロ
  • ヤル気ゼロ
  • 危機感ゼロ
  • 実験データは少しだけ

の私が修士論文をどのように書き上げたかを書き記していこうと思います。

⚠️以下の内容は反面教師として役立ててください⚠️

この内容通りに修論を作成すると、最悪の場合留年します。

修士2年11月まで

何とか最低限の研究データを取得しましたが、データを取得する理由や解析方法を理解していない状態でした。再現性を得るために同じ実験を複数回行いますが、何故か再現性が取れない(そんなはずはないんだけど)

気温や湿度、実験サンプルのコンタミ等の理由が考えられますが、今となっては真相は闇の中…

この時期の私は、「データさえ取得しておけば後でどうにでもなるでしょ」という度を過ぎた楽観視をしていました。

数少ない日本人の同期も同じような状況だったため、あまり危機感を感じなかったのだと思います。卒業後に知ったことですが、過去に研究室を卒業した優秀な先輩方はこの時期に下書きを書き終えていたとのこと。

本来であれば修論の構想程度は頭の中に出来ているべきですが、当然何も考えていません。修論は一文字たりとも書いていませんでした。

修士2年12月

取得したデータをExcelに打ち込み、データを解析していました。一日中データ入力や解析らしきものを行うことで、作業が進んでいると錯覚していましたね。

Python等を活用すれば1日以内に終わる作業量でしたが、当時プログラミングを知らなかった私は愚直に手入力していました。

この期に及んで修士論文は一ページも進めておらず、バカな私もさすがに危機感を持ち始めます。12/20頃に指導教員から修士論文の下書きを年明けに出すよう指示を受け、本格的に焦りだしたのがこの時期。

あまりにも遅いスタートとなりましたが、ここでようやく解析方法や修士論文のストーリーを考え始めました。ちなみに、12/20~2/20まで毎日最低12時間は研究室で修士論文を作成しました。早くから修論作成に手を付けていれば避けられた事態です。

修士2年1月

年越しと初日の出は研究室で迎えた新年初日。まともな大学院生は実家でのんびりと三が日を過ごすなか、毎日ひたすら先行研究を調べていました。何故ならばまともな大学院生ではないから。

通常は先行研究を調べてから研究を行うはずですが、なぜ今頃こんなことをしているのか自分でも謎でした。

得られた実験データの解析も同時進行で行いましたが、「何も分からないということが分かった」状態です。どうしてあんなに複雑な研究テーマに取り組んでいたのでしょうか?もっと早い段階で簡単な実験テーマに変えておくべきでした。

とはいっても、今更後悔したところで仕方がないためスカスカなデータをそのまま張り付けてページ数を稼ぐ戦略を取ります。

このような状態の下書きを提出したところ、「この内容だと最悪もう一年頑張って貰うことになるよ」という何とも当たり前な指摘をされます。

そのため、なんの関連性もないデータからこじつけで関連性を探す作業を始めました。

(データに関連性がない、という結果も立派な成果だと思います!)

このままでは修士を卒業できないといった不安から、目を閉じても眠れない状態が続きます。ストレスの影響で体がボロボロになる感覚が実感できました。

修士2年2月

2月中旬に行われる修士論文審査に向けてラストスパートをかけます。発表はパワーポイントで行うため、論文作成と同時進行で発表資料を作成します。

発表練習を行う暇などないため、ぶっつけ本番で発表せざるを得ない状態でした。実際にパワーポイントを作り終えたのはなんと発表当日の昼頃!

同期の発表を聞きながら自分の資料を作成していたのです。当然の結果として、修士論文発表後はボロクソに叩かれました。今振り返ると人格否定と捉えられる内容も含まれていたと思います。あのクソジジイ共め

しかし、修士論文を提出したことと修士論文発表会に参加したという事実がによって何とか卒業することが出来ました。あんな小学生の自由研究にも劣る内容の文章でも、とりあえず提出してみるものですね。何とかなりました。

(実は3月上旬に学会発表を行う予定だったのですが、運の良いことにコロナウイルスの影響で中止になりました。)

まとめ

まとめ

とにかく修士論文を作成していた12~2月の間はしんどかったです。

実は卒業論文を作成した段階でから「自分は研究に向いていないんだな」という自覚がありましたが、その事実と向き合わなかった結果起こった悲劇といってもよいでしょう

しかし、こんな私でもなんとか卒業までこぎつけることはできました。

理由としては、

  • 落書きレベルの修士論文でも締め切り以内に提出したこと
  • お遊戯会レベルの論文発表会でも逃げずに発表できたこと

この2つに尽きると思います。多くの学生にとって指導教員は卒業後ただの他人!必要以上に指導教員の顔色をうかがうような真似はせず、堂々と修士論文を事務室に提出すればよいと思います。

どんなに稚拙な修士論文であろうと、提出さえしてしまえば案外卒業を許されるものです。自分が卒業することを目標に、修論の文字数を少しずつ積み重ねていきましょう。

無事に修士論文を提出し終えた後にやりたいことを考えておくのもモチベーション維持には有効です!自分なりに創意工夫を行い、修論提出まで頑張っていきましょう。

コメント

  1. コクサイハナコ より:

    中国を発症とするコロナウイルスは悪いことばかりでしたが、唯一の利点があったんですね。
    無事修士の学位がとれてよかったです。

    • コメントありがとうございます。
      コロナの影響で卒業旅行が出来なかったのは残念でしたが、学会に行かなくていいという解放感の方が勝りましたね(笑)。

  2. クサイハナ より:

    21卒です
    現在修論発表を1週間後に控えていますが非常に似た状況で、分かる分かると深く共感しながら楽しく読ませていただきました
    ひとまず修論発表会に負けずに参加して頑張ろうと思います

  3. NR より:

    工学系のM2です。私は修論をだした後,10日後の修論発表会に向けて準備しています。私の研究室には同期がいなく,更にM1の時は先輩の院生も全くいない状態で,研究室では孤独感を感じることが多かったです。私の教授は長期出張などで打ち合わせが何度もなくなることが多く,その間に研究をサボってしまっていました。そんな中,自分は昨年の12月になってやっと学会論文を提出しましたが,他の同期から大幅に遅れを取っていると感じています。
    学会発表の経験もほとんどなかったことから,修論発表に対する不安は大きく,発表で不可になって修了できなかったらどうしようと悩んでいます。

    • 周りに頼れる方がいない中、学会論文を発表するなんて私から見ると十分に結果を出していると思いますよ。
      修論発表当日は胸を張って堂々と発表すればいいのです。
      あなたにとって修論発表は今後の人生を左右するような一世一代の大イベントであるかも知れませんが、大学教員にとっては何度も経験した新鮮味のない日常の一部に過ぎません。
      過去の修論発表では間違いなくあなた未満の修論発表をした先輩もいるはずですし、そういった先輩は現在社会人として活躍されているものです。
      自分の研究成果を卑下せず、発表当日は自然体で参加してください。参加さえすればあとは何とかなります(体験談)